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東京地方裁判所 昭和41年(行ウ)124号 判決 1972年11月20日

東京都杉並区久我山四丁目三一の三

原告

音桂二郎

兵庫県宝塚市平井字東城丸四の一〇

原告

音鎮夫

東京都杉並区久我山四丁目三一の三

原告

音桂

同都渋谷区豊沢町四七番地

原告

財団法人一樹工業技術奨励会

右代表者

理事 石井光次郎

右原告四名訴訟代理人弁護士

田平宏

渡辺隆

原慎一

右原告四名訴訟復代理人弁護士

山下登司夫

東京都杉並区天沼三丁目一九番一四号

被告

荻窪税務署長

高根沢邦

被告訴訟代理人弁護士

国吉良雄

被告指定代理人

野田猛

木谷孟

内海一男

右当事者間の相続税課税処分取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告音桂二郎の本件訴えを却下する。

原告音鎮夫、同音桂、同財団法人一樹工業技術奨励会の各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一、原告ら

1  昭和三七年七月九日開始の被相続人音申吉の相続にかかる相続税について、被告が昭和四〇年六月三〇日付でした原告音鎮夫に対する更正処分および同年一〇月二六日付でした原告音桂二郎、同音桂に対する各再更正処分ならびに同年六月三〇日付でした原告財団法人一樹工業技術奨励会に対する決定処分は、いずれも取り消す。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二、被告

1  原告音桂二郎および同音鎮夫の本件訴えを却下する。

2  原告音桂および同財団法人一樹工業技術奨励会の各請求を棄却する。

3  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一、原告らの請求原因

1  原告桂二郎、同鎮夫はいずれも故音申吉(以下「故申吉」という。)の子であり、原告桂は、故申吉の妻であり、原告財団法人一樹工業技術奨励会(以下「原告法人」という。)は昭和三七年一一月二八日設立の公益法人であるが、同年七月九日故申吉の死亡による相続(以下「本件相続」という。)の開始により相続した財産について、同年一二月一一日原告桂二郎、同鎮夫、同桂は別表(1)欄のとおり相続税の申告をし、さらに同三八年七月五日右原告らは別表(2)欄のとおり右相続税の修正申告をしたところ、被告は、同四〇年六月三〇日右原告らに対し右相続税について別表(3)欄のとおりの更正処分をした(以下「本件更正処分」という。)うえ、原告法人に対し別表(3)欄のとおりの決定処分をし(以下「本件決定処分」という。)、さらに、同年一〇月二六日原告桂二郎、同桂に対し、右相続税について別表(4)欄のとおりの再更正処分をした(以下「本件再更正処分」という。)。

2  原告らは、本件更正処分および本件決定処分について昭和四〇年七月三一日被告に対し異議の申立てをしたところ、被告は、前記の本件再更正処分をしたうえ、同年一〇月三〇日右の異議の申立てを棄却したので、さらに同年一一月二〇日東京国税局長に対し審査の請求をしたところ、同局長は同四一年七月九日これを棄却し、同月二八日その旨を原告らに通知した。

3  しかしながら、被告の原告鎮夫に対する本件更正処分、原告桂二郎、同桂に対する本件再更正処分、および原告法人に対する本件決定処分は、次の理由により違法である。

(一) 本件更正処分および本件再更正処分における課税価格計算の基礎となつた日本機械計装株式会社(昭和四三年一一月末日以降は日機装株式会社と商号変更。以下「訴外会社」という。)の株式(以下「本件株式」という。)の評価額が、相続税法二二条所定の「時価」を超えている違法がある。すなわち、本件株式は、当時東京証券取引所における二部上場株式であつたところ、被告は本件相続の開始日における証券取引所の公表する最終価格または同日の属する月の毎日の最終価格の平均値のうちのいずれか低い方の価格が一株当り六五〇円であるとして、右価格に基づき相続税の課税価格を算出しているが、およそ二部上場株式の価格は、一部上場株式などと比べて株価の変動が著しいばかりでなく、とくに訴外会社は中小企業で規模が小さく、企業の評価も会社の資産内容よりも人的要素としての経営者個人の手腕や経営熱意によつているうえ、その株式は市場において日々取引される数も少く、市場性に乏しいのであるから訴外会社の社長である原告桂二郎らが一時にその株式を大量に売り出すとすれば、その株価は一株当り四三〇円程度暴落し、これが株式の交換価値となることは明らかである。したがつて、本件株式の本件相続開始時における価額は一株当り二二〇円と評価するのが相当であつて、これを一株六五〇円とした前記処分は、株式を時価によらないで評価した点で違法というほかない。

(二) 本件更正処分および本件再更正処分において、被告が、昭和三七年三月二九日故申吉の勧業銀行五反田支店の普通預金から原告桂二郎の預金へ一五〇万円の入金があつたことをもつて贈与と認定し(以下「本件贈与認定」という。)、これを本件相続開始前三年以内の贈与として、相続税の課税価格に加算して税額を計算したことは、次のとおり違法である。

すなわち、故申吉夫妻と原告桂二郎夫妻とは同一住居において生活しており、故申吉夫妻の家計は原告桂二郎においてみていたが、両者間には扶養義務関係が発生する状況にはなかつたので、故申吉は昭和二六年頃から原告桂二郎に対し自己らの生活費を支払うこととし、同二七年頃からは年額一〇〇万円ないし一五〇万円を半年分もしくは一年分をまとめて支払つてきたものであつて、その一環としてなされた一五〇万円の支払いを贈与と認定してした被告の前記処分は違法というべきである。

(三) 原告桂二郎、同鎮夫、同桂の前記申告は錯誤に基づくもので無効であつて、このような申告を前提としてされた本件更正処分および本件再更正処分は、その前提を欠き取り消されるべきものである。

すなわち、右原告らは、課税価格計算の基礎となる本件株式の評価について、税務署の指示する一株六五〇円を不当と考えながらも、後日不服申立てまたは訴訟において争えるものと信じて、右指示に従い前記申告および修正申告をしたのであるが、もし右株式評価について後日争いえないことを知つていたとすれば、このような申告等をしなかつたはずであるから、右申告および修正申告には要素の錯誤があつて無効であり、かつ、右原告らがこのような申告をしたことについて、重大な過失はない。そして、申告納税における租税の申告行為は、これにより租税債務の確定という公法的効果を付与されるもので、いわゆる私人の公法行為であるが、一般の公権力の発動である行政処分とは異り、私人の意思に基づいてする行為であり、また、申告納税制度採用の理由が、納税者に申告義務を負わせるとともに、自発的かつ適正な申告を要請する建前から、私人の意思を尊重してその意思に基づいて申告することの必要性を認めた点にあるのであるから、一般の公法行為とは異り、申告行為には、私法上の意思主義が妥当し、民法の錯誤の規定も類推適用されるべきである。したがつて、無効な申告および修正申告に基づく被告の前記処分は、その前提を欠き、取り消されるべきものである。

(四) 被告が原告法人に対し相続税を賦課した本件決定処分は、次のとおり違法である。

すなわち、被告は、被相続人故申告が生前の昭和三七年七月二日原告法人に対してした三三五〇万円相当の財産の寄附が相続税法六六条四項の規定に該当するとして、原告法人に対し本件決定処分をした。しかし、相続税法六六条四項は、本来公益法人に対する財産の遺贈、贈与については相続税等を賦課しないのであるが、右非課税を奇貨として公益法人に自己の財産を贈与または遺贈し、右公益法人から当該贈与または遺贈をした者の親族その他特別の関係がある者に利益を与える方法により相続税等の負担を不当に減少する結果となる場合には、実質的な利益享受者は公益法人ではなくて右の特別関係者であるとして、課税する趣旨に出たものであるところ、原告法人は、財産の寄附者である故申吉の親族その他特別関係者に対し、なんら特別の利益を与えたことはなく、被告の指摘する原告法人の胸像建設資金六〇万円の支出は、原告法人設立に多大の寄与をした者の胸像の建立を目的とするものであつて、社会的にも通常の行為として認容されるべきであるばかりでなく、右支出は、元会長である故申吉の胸像の建設資金全額支出の責任を負つていた訴外会社に対してされたものであつて、故申吉の特別関係者に対してされたものではないから、相続税法六六条四項を適用することはできない。

原告法人は昭和三七年七月二日付の故申吉のした寄附行為に基づき、主務官庁の許可をえて同年一一月二八日に設立された公益法人であるところ、被告は本件決定処分の理由として、原告の行なう事業が公益の増進に寄与することが著しくないとか、原告の事業活動に公益性がない旨主張するが、設立後間もない原告法人が、設立早々にしてその事業活動により著しく公益の増進に寄与するなどということはあり得ないし、また、事業活動に公益性がないとするならば、公益法人設立許可の取消しによつて公益性を否定すべきであつて、一方において法人の活動の継続を認めておきながら、他方においてその公益性がないとして課税するというような国家機関内部において矛盾する行為を行なうことは許されないものというべきである。

また、被告は、本件決定処分の理由として、原告法人が解散した場合の残余財産が国または地方公共団体に帰属する旨の明らかな規定がないこと、および、財産の提供者およびその特別関係者で原告法人の理事等の役員の三分の一以上を占めることができない旨の規定がない旨を掲げるが、原告法人の寄附行為中には、原告法人の残余財産は、破産の場合を除くほか、理事会の決議を経た後、主務大臣の認可をうけて類似の目的を有する他の公益法人に寄附するものとする旨の規定があるのであり、また、役員の構成は設立許可当時と本件相続開始当時とでは変更はなく、許可当時においては、右役員構成等についての寄附行為の規定は、主務官庁において原告法人が公益活動をなすについてなんら支障がないものとして許可しているのであるから、これをもつて本件決定処分の理由とすることはできない。

さらに、仮りに、原告法人の前記胸像建立資金六〇万円の支出が原告法人に対する寄贈者と特別の関係ある者に利益を与えたとしても、その利益は寄贈総額三三五〇万円中六〇万円に過ぎないのであるから、六〇万円についてのみ課税すべきであるのに、被告がその総額について課税した本件決定処分は、個人の財産権を不当に侵害するものであつて、違憲違法というべきである。

二、被告の手続上の主張および本案前の主張

1  原告桂二郎および同桂は、当初本件更正処分の取消しを求めていたところ、昭和四六年七月六日これを本件再更正処分の取消しを求める訴えに変更した。

しかし、原告の右の訴えの変更は、従来右原告らが本件再更正処分があることを熟知しながら本件更正処分の取消しを求め続け、弁論終結の段階に至りにわかに訴えを変更しようとするものであつて、時機に後れた申立てであるばかりでなく、請求の基礎の変更となり、かつ訴訟手続を著しく遅延させるものであるから、このような申立ては却下されるべきである。

2  原告桂二郎に対する本件再更正処分は、修正申告に基づく確定納税額を減額しているから、その取消しを求める同原告の本件訴えは、訴えの利益を欠くものとして却下されるべきである。

すなわち、およそ行政処分に対する訴訟は、当該処分によつて権利・利益を侵害される場合に限つて許されるものであるところ、右原告に対する本件再更正処分は、本件更正処分における増額部分を減額したにとどまらず、右原告の修正申告における課税価格および相続税額をいずれも減額した結果になつているものであるから、その取消しを求める本件訴えは、訴えの利益を欠き不適法というべきである。

なお、納税義務者が自己の申告した税額を減額するには、税法に定められた期間内に更正の請求など所定の手続をとることを要するのであるから、このような手続をとることなく、自己の修正申告額を下廻る減額再更正処分がなされているのに拘らず、これに先行する更正処分があることを理由に、さらに自己の申告額以下であり、かつ再更正処分による納付額以下である税額に減額すべき旨の主張をすることは許されない。

3  原告鎮夫の本件訴えも、他の共同相続人の相続税の課税価格が本訴で争われている以上、訴えの利益を欠き、却下されるべきである。

すなわち、原告鎮夫の納付税額については、相続税法の仕組み上、同原告の相続税の課税価格が同額であつても、他の共同相続人らの相続税の課税価格が変動する場合には、右原告の税額もそれに応じて変動するのであるから、他の共同相続人の課税価格が減額されれば、右原告の税額も当然に減額されるものであるところ、本訴では他の共同相続人の相続税の課税価格が争われているのであるから、右原告が同一の理由に基づいてあわせて本件訴えを提起する利益はないものというべきである。

三、本案前の主張に対する原告らの反論

1  被告は、原告桂二郎の本件再更正部分の取消しを求める訴えは、本件再更正処分の税額が修正申告のそれを下廻るものであるから、訴えの利益を欠くと主張する。

(一) しかし、原告桂二郎は、本訴においては課税価格一一六三万二九〇〇円、税額八三万三七九〇円を主張しているのであつて、本件再更正処分は右主張額を上廻ることになるから、右原告の本件訴えは訴えの利益があるということができる。

そして、右原告が本訴において修正申告を下廻る額の主張をすることは、次の理由により許されるべきである。

(1) 申告納税制度の下においては申告により納税義務が確定した後には納税者がこれを減額することは許されないとする見解があるが、本件においては、申告後更正、再更正がされることにより申告に基づく確定の効果は遮断されているから、右見解を本件に援用することはできない。

(2) 納税義務者が自発的な意思に基づく申告をした後にその申告額より低額の主張をすることは信義則に反するとの見解もあるが、右原告は、修正申告の段階においてすでに課税価格計算の基礎となる本件株式の評価に関する被告の指示に不満の意を表明したものの、訴訟によつてまでこの点を争う意思もなかつたので、一応被告の指示に従つて前記の申告をしたところ、その後被告は、原告法人に対する本件決定をしたうえ、故申告の右原告に対する前記生活費の支払いを贈与と認定して相続税の課税価格に加算してきたので、右原告としてもあえて訴訟に訴えることを決意し、本件株式の評価についても併せてその不当性を争うべく本訴に及んだものであるから、信義則違反とはいえない。

(二) また、右原告の前記修正申告には、請求原因3の(三)記載のとおり、課税価格計算の基礎となる本件株式の評価についての錯誤があつて、その是正を求めるには、一般的には更正の請求によるべきであるが、納税者において右請求を所定期間内にしなかつたことについて正当な事由ないし止むをえない事由がある場合には、右請求によるべきことを強制しえないものと解すべきところ、本件では、前記のような株式評価に関する被告の指示があり、右原告としても、その不当性を指摘しながらも、これについて強く争うと、その後の税務署との円滑な関係にひびを入らせる結果にもなりかねないので、このことを懸念して止むなく被告の指示に従つて修正申告したものであつて、当時としては更正の請求をしなかつたことについて正当な事由ないし止むをえない事由があつたものというべきである。したがつて、このような誤つた修正申告額を前提として、訴えの利益の有無を判断することはできない。

のみならず、本件では修正申告自体に前記の瑕疵があるばかりでなく、このような瑕疵を看過してした更正、再更正処分にも瑕疵があることになるから、更正処分等がされた後は、更正の請求の手続によるか、不服申立ての手続によるかは、納税者の選択に委ねられているものというべきである。

(三) さらに仮に前記の株式評価に関する主張が理由がないとしても、次の理由により右原告の本件訴えには訴えの利益があるといえるのである。すなわち、更正処分の税額が申告のそれより下廻つているときには原則として訴えの利益がないことは認めるが、更正処分における相続財産を構成する諸財産の評価のうちいずれかに不服があれば、その財産の合計額如何にかかわらず(たとえ更正処分の税額が申告のそれを下廻つていても)、争う利益があるというべきところ、被告が原告法人に対する前記の財産の提供および故申告の前記の生活費の支払いを贈与としてこれらの財産に課税することとして、相続税額を算出したのは不当であつて、右財産価額を除外した場合の相続税額は、前記株式価格を一株六五〇円としても、一五一万九九五〇円となるのであるから、本件再更正処分のうち右金額を超える部分について本訴において取消しを求める利益があるものということができる。

2  被告は、原告鎮夫の本件更正処分の取消しを求める本件訴えが訴えの利益を欠くから却下されるべきであると主張する。

(一) なるほど右原告は被告主張の課税価格を争つていないが、本件更正処分による税額は、前記のように修正申告額を大巾に上廻つているのであり、また右原告は本訴において税額として本件更正処分のそれを下廻る一五万五九二〇円を主張しているのでいるから、訴えの利益があることは明らかである。

(二) 被告は、他の共同相続人の納付税額が変更されれば、当然に原告鎮夫のそれも変更されるから、訴えの利益を欠く旨主張する。

しかし、右主張の趣旨が(1)事実上税務署長が更正処分等の手続を通じて税額を変更するという意味か、(2)それとも法律上当然にこれを変更するという意味かが必ずしも明らかでなく、右(1)の意味とすれば、それは単に事実上の可能性であつて、法律上の保障はなく、また(2)の意味とすれば、一部の相続人の課税価格が変更されても他の相続人のそれが当然に変更される旨の法律上の規定がないし、既判力ないし形成力も当該当事者の法律関係に関するものに過ぎず、ある相続人に対する課税処分の取消しが他の相続人に対する別個の課税処分にまで効力を及ぼすとは考えられないから、被告のこの点の主張は誤りである。

四、請求原因に対する被告の認否および主張

1  請求原因1および2の各事実ならびに同3の事実のうち、被告が本件更正処分等において、当時東京証券取引所の二部上場株式たる本件株式について、相続開始日における証券取引所の最終価格または同日の属する月の毎日の最終価格の平均値のうちのいずれか低い方の価格に基づき相続税の課税価格を算出することとし、右のうちより低い相続開始日の最終価格である一株当り六五〇円によつてこれを評価していること、被告が本件贈与認定によつて原告主張の一五〇万円を原告桂二郎の相続税の課税価格に加算したこと、被相続人故申告がその生前の昭和三七年七月二日原告法人に対し三三五〇万円相当の財産の寄附をしたところ、被告は右寄附が相続税法六六条四項の規定に該当するとして本件決定処分をしたことは、いずれも認めるが、その他の点はすべて争う。

2  本件更正処分、本件再更正処分および本件決定処分には、次のとおり原告らが請求原因3において主張するような違法はない。

(一) 被告が本件株式を一株当り六五〇円と評価したのは次の理由による。

(1) 相続財産の評価は、本件相続当時は昭和三一年二月六日付国税庁長官通達(直資一五)および同二六年一月二〇日付国税庁長官通達(直資一ノ五)によつて行なわれていたが、右昭和二六和の通達は富裕税に関する財産評価について定めたものであるため、これを直ちに適用することができず、上場株式の評価は原則として、その株式が上場されている証券取引所の公表する相続開始日の最終値によつていた。そして本件でも前記株式の本件相続の開始日の最終値は一株当り六五〇円で、被告はこれにより評価したものである。

(なお、その後改正された昭和三九年四月二五日付国税庁長官通達[相続財産評価に関する基本通達]によつても、右の株式の相続開始日の最終値六五〇円と、同日を含む月間最終値の平均値六六七円とのうち、いずれか低い額で評価することとなるから、前記の評価額は変らない。)

(2) 相続税法二二条によると、相続等により取得した財産の価額は、特別の定めがあるものを除き財産取得時の時価により評価すべきところ、右時価とは、客観的交換価値として通常取引価額をいうものと解すべきであるから、上場株式である本件株式を証券取引所における取引価額によつて評価したことは、時価による評価ということができ、適法である。

(3) なお、右原告は会社の経営者が大量の株式を一時に放出すれば株価は暴落する旨主張するが、会社経営の実態からして、このような株式の大量処分は全く稀有のことであるから、このような事実を前提とした価額が時価でないことは明らかである。

(二) 被告の本件贈与認定は、次の理由により違法でない。

すなわち、相続税法二一条の三第一項二号により非課税とされる生活費等の贈与は、必要なつど直接これらの用に充てるために贈与されたものに限られるべきところ、本件における預金の移動がこれに当らないことは明らかであるばかりでなく、この預金の移動を当事者の生活費の概算払いと認めることは社会通念上不適当であるうえ、相続税回避を認める結果となり、租税負担の公平を失することとなる。のみならず、右原告の預金に入金された金員は現実に生活費として費消されてもいないから、これを生活費の支払いとみるべきでないことは当然である。よつて、このような右原告の預金への入金は贈与とみるほかなく、これに基づく被告の課税処分は適法である。

(三) 被告が故申吉の原告法人に対する財産提供が相続税法六六条四項に該当するとしてこれに相続税を賦課した本件決定処分には次のとおり違法はない。

(1) 相続税法六六条四項の規定は、公益法人等に対し財産の提供があつた場合に、当該財産の提供者またはその親族等の特別関係者が財産提供後においてもその財産の管理をし、または最終的にはこれらの者に提供財産が帰属するような状況にあるときは、実質的にはこれらの者がその財産を有しているのと同様であるのに、これらの者には相続税、贈与税が課されず、租税負担に著しく不公平な結果を生ずることになるので、このような租税回避を防止するために右のような場合、とくに公益法人等を個人とみなして、これに対し相続税または贈与税を課することとしたものである。

したがつて、同法条の適用には公益法人等に対する財産の提供の時点において、その法人の社会的地位、評価、寄附行為の定め、役員の構成、経理、財産管理の状況等からみて、財産の提供者またはその特別関係者の相続税または贈与税の負担が不当に減少する結果となる事実が存すれば足り、どれだけの相続税の負担の減少をきたしたかが明らかになる必要はないのである。

(2) そこで昭和三九年六月九日付国税庁長官通達直審(資)二四号、直資七七号に照らして本件をみてみると次のような事実が存在する。

(ア) 原告法人は、その公益事業が相当広汎な地域において社会的存在として認識される程度の規模を有しておらず、また事業目的に具体性がないこと、

(イ) 原告法人の研究助成金の分配等公益の分配が適正に行なわれることの保障がないこと、

(ウ) 解散した場合の残余財産が国または地方公共団体に帰属する旨の明らかな規定がないこと、

(エ) 財産の提供者およびその特別関係者が原告法人の理事その他の役員数の三分の一以上を占める虞れがあること(現に、原告法人の当初の理事の過半数は、原告らの同族法人である訴外会社の役員で占められ、その他の者も故申吉または原告桂二郎の友人であつた。)

(オ) 原告法人は、昭和三七年度および同三八年度の各事業年度に原告法人への財産提供者たる故申吉の胸像の建立資金各六〇万円、合計一二〇万円という本来の公益目的外の支出をし、しかもその額は各年度の支出総額の半分以上の高きに及んでいるうえ、右支出は右財産提供者ないしその特別関係者に対し特別の利益を与えるものであること、

(カ) 原告法人が取得した財産の中に、公益事業の用に供するとは認められないものがあること(すなわち、原告法人が取得した訴外会社の株式五万株の中三万株は、原告法人の基本財産として、そこから生ずる配当収入を経費等にあてるのみでそれ自体は公益目的に供されない財産である。)、

そして以上の事実からすれば、原告法人における重要事項の決定等が財産提供者の特別関係者である原告桂二郎らによつて行なわれることとなり、したがつてこのような財産の提供は、それによつて特別関係者等の相続税または贈与税の負担が不当に減少する結果となる場合に該当するから、本件決定処分に違法はない。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録および証人等目録記載のとおりである(但し、証人等目録中「桑原茂夫」とあるのを「桑原茂雄」と訂正する。)。

理由

一、訴えの変更の適否

1  原告桂二郎および同桂は、当初右原告らに対する本件、更正処分の取消しを求めていたところ、昭和四六年七月六日の口頭弁論期日に、これを右原告らに対する本件再更正処分の取消しを求める訴えに変更した。

2  ところで、被告は、右の訴えの変更は時機に後れた申立てであるばかりでなく、請求の基礎の変更となり、かつ、訴訟手続を著しく遅延させるものであるから却下されるべきであると主張するので、まず、この点について判断する。

なるほど、右原告らの訴えの変更が、証拠調べの終了後で弁論終結に近い段階でなされたことは、本件弁論の経過に照らし否定できないが、右の申立ては、従前すでに主張されていた事実関係に基づいて、従前と異る法律解釈によつて請求の趣旨を変更したに過ぎず、変更前後の訴えは、いずれも右原告らの本件相続に関する相続税の賦課処分の取消しを求める訴えであることに変りはないのであるから、請求の基礎に変更はなく、また、この申立てのために新たな証拠調べをする必要もなく、訴訟の完結を遅延させる虞れもないものであるから、被告の右主張は理由がない。

二、訴えの利益の存否

1  まず、原告桂二郎の本件再更生処分の取消しを求める訴えの利益の存否について検討する。

右原告が本件相続により取得した財産にかかる相続税について、課税価格一五三四万九五〇〇円、税額三七八万七六二〇円との修正申告をしたところ、被告が課税価格二〇四四万五九〇〇円、税額五七六万二八二〇円との本件更正処分をし、さらに、課税価格一四四六万五九〇〇円、税額三六〇万九七〇〇円との本件再更正処分をしたことは、当事者間に争いがなく、したがつて、本件再更正処分の課税価格、税額がともに修正申告のそれを下廻つていることは、被告主張のとおりである。

(一)  ところで、右原告は、この修正申告には、請求原因3の(三)記載のとおり、課税価格計算の基礎となる本件株式の評価についての錯誤があり、かつ、その是正のために是正の請求を所定期間内に行なわなかつたことについて正当事由ないし止むをえない事由があつた旨主張する。しかし、申告書の記載内容の過誤の是正については、その錯誤が客観的に明白かつ重大であつて、更正の請求以外にその是正を許さないならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ、法定の更正の請求によらないで記載内容の錯誤を主張することは許されないものと解すべきところ(最高裁昭和三九年一〇月二二日判決、民集一八巻八号一七六二頁参照)、右原告主張のような錯誤は客観的に明白かつ重大であるとはいえないから、右修正申告による税額確定の効果を右原告みずから否定することはできず、したがつて、本訴において修正申告額を下廻る税額の主張をしうることを前提として訴えの利益があるという右原告の主張は失当というほかない。

(二)  また、右原告は本件における修正申告に基づく税額確定の効果は、申告後の更正処分、再更正処分によつて遮断されているから、右原告は本訴において申告額を下廻る税額を主張して処分の取消しを求める訴えの利益を有する旨主張するが、納税義務者の申告について、更正処分、がされても、それが税額を零とする減額更正でない限り、申告により確定した納税義務を消滅させるものではなく(国税通則法二九条)、申告の効果はなお存続するのであるから、右処分によつて本件修正申告の効果が遮断されるという右原告の主張は理由がない。

(三)  さらに右原告は、更正処分における相続財産を構成する諸財産の評価のうち、いずれかに不服があれば、その財産の合計額如何にかかわらず訴えの利益がある旨主張するが、右は過大な納税義務の賦課による利益侵害がなくても、処分の理由中に不当な部分があれば当該処分の取消しを求める訴えの利益があるとする主張であつて、採用することができない。

(四)  以上のとおり、右原告の訴えの利益に関する主張はいずれも理由がない。そして、減額再更正処分があつた場合に、更正処分でなく、再更正処分の取消しを求めうるかどうか疑問がないわけではないが、この点は暫くおき、本件においては、再更正処分における税額が、修正申告におけるそれを下廻つていることは前記のとおりであつて、本件再更正処分は、結局右原告に修正申告額をこえる過大な納税義務を課することとはならず、したがつて、その権利ないし利益を侵害する処分ということはできないから、その取消しを求める右原告の訴えは、訴えの利益を欠き、不適法というほかない。

2  次に、原告鎮夫の本件更正処分の取消しを求める訴えの利益の存否について判断する。

(一)  右原告は、本件更正処分における課税価格を争わず、その税額のみを争うものであるが、相続税法における税額算定の仕組み上、ある共同相続人の課税価格の変更が、他の共同相続人に対する税額に影響を及ぼす関係にあるといえるところ、右原告の当該税額を不服とする理由は、まさに他の共同相続人らの課税価格の不当性にあるのであるから、自己の税額に影響する範囲において、他の共同相続人らの課税価格について争う利益はあるものと解すべきである。

(二)  なお、被告は、他の共同相続人が現にぞの課税価格について争つており、これらの者に対する判決が確定すれば当然に右原告の税額も是正されるから、右原告の訴えの利益は存しない旨主張するが、被告の指摘するような効果は、他の共同相続人に対する判決の拘束力によるものでなく、単なる事実上のものに過ぎないから、被告の右主張は失当というべきである。

三、無効な申告に基づく本件更正処分等の違法性の有無

原告らは、本件における修正申告は、本件株式の評価に関する原告らの錯誤に基づくものであつて、このような申告を前提としてされた本件更正処分等は、その前提を欠き、取り消されるべきであると主張する。

しかし、原告ら主張の錯誤が客観的に明白かつ重大なものといえないことは、すでに二の1の(一)において述べたとおりであるから、右修正申告を無効ということはできず、これを前提とする原告らの主張は、採用するに由ないものである。

四、本件株式の評価額の当否

1  本件更正処分および再更正処分において、被告が当時東京証券取引所二部上場株式である本件株式について、本件相続の開始日における証券取引所の公表する最終価格または同日の属する月の毎日の最終価格の平均値のうちのいずれか低い方の価格に基づき、相続税の課税価格を算出することとし、結局、右両者のうち、より低い本件相続開始日における最終価格である一株当り六五〇円によつてこれを評価していることは、当事者間に争いがない。

2  そこで、このような本件株式の評価に原告ら主張のような違法があるか否かについて考察する。相続税法二二条によると、相続、遺贈または贈与により取得した財産の価額は、特別の定めあるものを除き、当該財産の取得の時における時価によつて評価すべきものとされているところ、右時価とは客観的交換価値を指すものであり、これは当該財産と同種同型の他の財産の通常の取引における価額に基づき類推して評価するほかはない。したがつて、上場株式のように市場性を有するものについてはその市場価格をもつて時価とするのが相当というべきである。ただ、被告は、本件におけるように、株式の相続開始日における最終価格のみならず、これと同日の属する月の毎日の最終価格の平均値とのうちのより低い方の価格による評価方法によつているが、右は、上場株式については日々の人気による著しい騰落の可能性があつて、前者のみによるときは相続税上の評価としては適当でないこともありうるので、この欠点を補正するための方法とみることができるから、このような評価方法は合理的であつて右の株式価格の評価方法によつて本件株式を一株当り六五〇円と評価して行なわれた本件更正処分および本件再更正処分には、原告ら主張の違法はないものというべきである。

3  なお、原告らは、本件株式は、上場株式とはいえ、二部のそれであつて、経営者個人の人的要素による影響が大きく、市場性も乏しいので、原告らが一時に大量の本件株式を売り出すとすれば、株価は一株当り二二〇円位にまで暴落するから、被告のような本件株式の評価は誤りである旨主張する。

なるほど、大量の株式が一時に市場に売り出された場合には、株価が暴落するであろうことは経験則上首肯できるが、相続財産の価額は、前記のとおり客観的交換価値、すなわち、当該財産を現状において保持し、使用・収益すること、あるいは通常の取引方法により換価することを前提にして客観的に想定される交換価値によるべきであるから、本件株式を一時に市場に放出するような異常な換価方法によつて現出される価額によるべきであるとする原告らの右主張は失当である(なお、原告らの右主張が、企業支配を目的とする同族株主の持つ株式の評価の特異性を指摘するものであるとしても、このような株式の評価は困難であるばかりでなく、むしろ、その価格は原則的には、一般の取引価格に企業支配要素分が加算されたものと考えられるから、原告らの主張の趣旨には添わないものということができる。)。

五、本件贈与認定の当否

1  故申吉が昭和三七年三月二九日その預金から原告桂二郎の預金へ一五〇万円入金したところ、被告が本件更正処分および本件再更正処分においてこれを贈与と認定したうえ、相続開始前三年以内の贈与として、相続税の課税価格に加算して税額を計算したことは、当事者間に争いがない。

2  原告らは、このような本件贈与認定が違法であると主張するので、次に、この点について検討する。

(一)  証人桑原茂雄の証言、原告桂二郎本人尋問の結果および弁論の全趣旨によると、故申吉夫妻は、昭和二六年頃から息子にあたる原告桂二郎方住居において同原告夫妻と同居し、その生活費等も同原告の家計のもとにまかなわれていたこと、故申吉は、昭和三五年ころ訴外会社の会長として報酬と株式配当とを併せて約三〇〇万円の年収を取得しており、交際範囲が広くて人を招待する機会が多かつたほか、妻が病身であつたためその関係の出費も相当あつたが、原告桂二郎から生活費の請求をされたり、生活費の精算についての約定などをしたりしたことはなく、ただ年に一、二度生活費として原告桂二郎に対しかなり纒つた金額を支払つていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  しかしながら、原告桂二郎本人尋問の結果によると、原告桂二郎は、当時故申吉が自己の預金口座に前記の金員を振り込んだことさえ全く知らなかつたことが窺われ、右金員が故申吉夫妻に必要な生活費に充てられるべき旨の表示もなかつたことが推認され、また、右金員が故申吉夫妻のいつからいつまでの生活費であつて、実際にはその中いくらがどのような生活費として支出されたかも、本件では証拠上全く不明であるから、これを生活費の支払いあるいは概算払いとみることは困難であり、むしろ、親子間におけるこのような費途の明らかでない漠然とした財産の移転は、贈与と推認するのが相当である。

(三)  そして、右の贈与により原告桂二郎が取得した金員が、相続税法二一条の三第一項二号所定の「扶養義務者相互間において生活費に充てるためにした贈与により取得した財産のうち通常必要と認められるもの」として非課税とされる財産に該当しないことも明らかである。

(四)  してみると、被告の本件贈与認定は相当であるから、これに基づく本件更正処分および本件再更正処分には、違法はないものというべきである。

六、相続税法六六条四項の適用の当否

1  故申吉がその生前の昭和三七年七月二日原告法人に対し三三五〇万円相当の財産の寄附をしたところ、被告は右寄附か相続税法六六条四項の規定に該当するとして本件決定処分をしたことは、当事者間に争いがない。

2  原告らは、本件決定処分は相続税法六六条四項の適用を誤つた違法があると主張するので、この点について以下に検討する。

(一)  相続税法六六条四項の趣旨は、公益法人等を設立するための財産の提供があり、または公益法人等に財産の贈与もしくは遺贈があつたときに、その財産の提供者、贈与者または遺贈者の親族その他の特別関係者が当該提供等にかかる財産の使用、収益を事実上享受し、または当該財産が最終的にこれらの者に帰属するような状況にある場合には、実質的には前記の特別関係者等が当該財産を取得するのと同様な事情にあるのに拘らず、これらの者には相続税、贈与税が課されないことになるが、その上、当該公益法人等も個人でないため、これに対しても課税が行なわれないとするならば、相続税等の負担に著しく不公平な結果をもたらすことになるので、このような特別関係者等の相続税等の回避を防止するため、右のような場合には、当該公益法人等を個人とみなして、財産の提供等があつた時に、当該法人に対し相続税等を課することとしたものであるということができる。

したがつて、相続税法六六条四項所定の財産の提供者等の親族その他の特別関係者の相続税、贈与税の負担が不当に減少する結果となるといえるためには、出資持分の定めのない公益法人に対する財産の提供等があり、その時点において、その法人の社会的地位、寄附行為、定款等の定め、役員の構成、収支の経理および財産管理の状況等からみて、財産の提供者等ないしはその特別関係者が、当該法人の業務、財産の運用および解散した場合の財産の帰属等を実質上私的に支配している事実があれば足り、その結果として現実にだれにどれだけの相続税等の負担の減少をきたしたかが確定的に明らかになる必要はないものと解すべきである。

(二)  そこで、本件についてこれをみると、証人桑原茂雄の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第一〇号証、第三六ないし第五四号証、第七一号証、成立につき争いのない甲第一一、第二八、第二九、第五五ないし第七〇号証、証人安藤道雄の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第三四号証、成立につき争いのない乙第一〇ないし第一二号証、証人桑原茂雄、同花田雄治、同酒井尚武、同安藤道雄の各証言、原告桂二郎本人尋問の結果および弁論の全趣旨を総合すると、

原告法人は、昭和三七年一一月故申吉のかねてからの遺志とその寄附にかかる訴外会社の株式五万株および現金一〇〇万円の財産とに基づき、工業技術に関する研究等の助成を図ることにより工業および工業技術の進歩発達に資することを目的として設立された財団法人であること、原告法人の役員構成は、寄附行為により理事三名ないし五名、監事一名ないし二名、評議員五名ないし一〇名とされているが、その制限としては役員および評議員の過半数が寄附行為者以外の学識経験者でなければならない旨の定めが置かれているにすぎないこと、そして原告法人の発足当初の役員は、理事長中川彦次(訴外会社の監査役)、理事花田雄治(訴外会社の顧問、公認会計士)、同乾崇夫(東大工学部教授)、同白倉昌明(同上)、監事酒井尚武(訴外会社の常務取締役)であつて(評議員は不選任。)、故申吉或いは原告らと親族関係にある者はないが、いずれも故申吉あるいは原告桂二郎の友人もしくは知人の関係にある者であつたこと(ただし、右役員は昭和四〇年七月改選されて、理事には前記中川のほかに、石井光次郎、日塔治郎、監事には前記花田、評議員には前記の乾、酒井のほかに、永矢之政、黒瀬泰が就任した。)、原告法人の経常事務は訴外会社の秘書課長桑原茂雄が担当し、その書類等も同人が保管し、右事務のため訴外会社の人的・物的施設を利用していたが、経費の分担はしなかつたこと、原告法人は、前記の寄附財産のうち訴外会社の株式三万株を基本財産として保持し、株式二万株を運用財産として、主にその配当金により工業技術研究の助成事業を行なうこととし、年間合計七、八〇万円の助成金を、二、三人に分けて、かつ一人当り五〇万円以上にはならないように支給する旨の方針の下に、一般的な広告等による公募はせずに、当初は専ら訴外会社の社員を通して宣伝して助成金の申込みを募つたこと、助成金の申込みについては、まず、前記桑原が窓口でそれが前記の規格に合うかどうかを審査した後、前記酒井が申込みにかかる当該研究が助成に価いするかどうかを技術的見地から検討したうえで案を作り、理事会にかけて最終的に決定していたこと、ただ理事会は理事が会合して行なわれるのではなく、書類の持ち廻りによる決議をしていたにすぎなかつたこと、その結果、昭和三七年七月一日から同三八年六月三〇日までの年度(以下「昭和三七年度」という。)には、助成金総額七〇万円の中、四〇万円が東大工学部白倉研究室(前記白倉理事が主宰)に対し、(「回転ポンプの基礎研究」について)、各一五万円が東京工大宮入研究室(「誘導電動機の広範囲速度制禦の研究」について)および中大教授野本明に対し、それぞれ支給され、同三八年七月一日から同三九年六月三〇日までの年度(以下「昭和三八年度」という。)には、助成金四五万円の全額が前記白倉研究室に対し(「キヤンド・プロアーの基礎計算」について)、支給され、同三九年七月一日から同四〇年六月三〇日までの年度には、助成金総額九二万円の中、二四万円が前記白倉研究室に対し、二六万円(二回)が前記宮入研究室に対し、二〇万円が名古屋大工学部武内次夫に対し、一〇万円が前記野本に対し、各五万円がIFACおよび朝陽学園に対し、二万円が日本鉱物学会に対しそれぞれ支給され、さらに同四〇年七月一日から同四一年六月三〇日までの年度には、助成金総額五〇万円の中、四〇万円が前記白倉研究室に対し、一〇万円が前記宮入研究室に対し、それぞれ支給されたが、翌年度からは、訴外会社の株式が無配当になつたうえ、本件税金問題のために原告法人の財産がなくなつたため、助成を中止したこと、訴外会社は、同三七年八月六日元取締役会長だつた故申吉の偉勲を讃えるために同人の胸像を建立することを決定し、そのため同社で約三〇〇万円を負担することとしたほか、同社従業員等からも寄附金を募つたが、原告法人もその趣旨に賛同し、同三八年五月一日および一一月一日に各六〇万円(合計一二〇万円)を故申吉の胸像建立賛助資金として支出することを決め、偶々その頃東洋ポンプ株式会社から原告法人に対し寄附された同額の金員をもつてこれに充てることとしたこと、故申吉の胸像は、その後約四五〇万円を費して訴外会社の東村山工場敷地内に建立されたこと

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の認定事実によれば、原告法人は、社会的存在としては小規模な財団法人であるうえ、その役員構成に関する寄附行為の規定は、役員の過半数が財産提供者ないしその特別関係者によつて占められることを排しておらず、現に設立当時の理事および監事は、いずれも故申吉もしくは原告桂二郎の友人ないし知人であるばかりでなく、その過半数が原告桂二郎が代表取締役をしている訴外会社の関係者であるとともに、原告法人はその人的・物的施設を訴外会社に依存しており、また、原告法人の主たる公益事業である研究助成金の交付も、公募によらないうえ、その支給決定も訴外会社の常務取締役である前記酒井の案に基づいて行なわれていて、とくに原告桂二郎の知人であり、かつ原告法人の理事も歴任した前記白倉の主宰する研究室等に対し毎年相対的に多額の助成金が支給されてきたのが実情であり、さらに、昭和三七、八年度には、原告法人は、その公益事業の目的外であり、かつ訴外会社の行なう事業である故申吉の胸像建立の賛助資金として、前記事業規模にしては過大で、社会的に是正しうる範囲をこえる一二〇万円もの多額の支出をしたことが明らかであるところ、右の各事実を総合勘案すると、原告法人の財産提供者故申吉の親族にあたる原告桂二郎らが訴外会社その他の人的関係を通じて原告法人の業務、財産の運用等を実質上私的に支配し、それによる利益を享受していることを推認することができる。そして、証人桑原茂雄の証言および原告桂二郎本人尋問の結果の中、右認定に副わない部分は、前掲各証拠に対比して採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

してみると、故申吉の原告法人に対する前記の財産の提供によつて、故申吉の親族である原告桂二郎、同鎮夫、同桂の相続税または贈与税の負担が不当に減少する結果になるものと認められるから、このような事実が存しないとする原告らの前記主張は失当といわなければならない。(なお、被告は、原告法人が解散した場合の残余財産が国または地方公共団体に帰属する旨の明文の規定がないことをもつて、相続税法六六条四項適用の一根拠としているが、前掲甲第一〇号証によれば、原告法人の解散の場合の残余財産は、寄附行為により、理事会の決議を経た後主務大臣の認可をうけて、類似の目的を有する他の公益法人に寄附するものと定められていることが認められるから、このことにより財産提供者等の特別関係者の相続税または贈与税の負担が不当に減少する結果となるものとはいえず、被告のこの点に関する主張は当をえていないというほかない。また、原告らは、原告法人が公益法人として主務官庁の許可をえて設立され、その活動の継続を認められているのに、被告においてその公益性がないとして課税することは許されない旨主張するが、民法三四条所定の公益法人の設立許可は、その趣旨および内容から考えて、当然には相続税法六六条四項の適用を排除しているものとは解しえないから、原告らの主張は理由がない。さらに、原告らは、原告法人の前記胸像建立資金の支出が財産提供者の特別関係者に利益を与えたとしても、その金額の限度において課税すべきであると主張するが、相続税法六六条四項の趣旨は、前示(一)のとおりであつて、特定人の相続税等の特定額の負担減少を要件とするものではなく、また、このような租税回避を防止するための規定およびこれに基づく本件決定処分が原告らの財産権を侵害することのないことはいうまでもなく、違憲あるいは違法でないことは明らかである。)

七、結論

以上判示の理由によつて、本件再更正処分の取消しを求める原告桂二郎の本件訴えは、訴えの利益を欠き、不適法として却下することとし、また、本件更正処分、本件再更正処分および本件決定処分には原告ら主張のような違法がないから、その取消しを求める原告鎮夫、原告桂、原告法人の各本訴請求は、いずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について、行訴法七条、民訴法八九条、九三条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉山克彦 裁判官 加藤和夫 裁判官 石川善則)

別表

<省略>

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